2026.6.13 日本経済新聞の記事「(漢字そぞろ歩き) 秘宝となった手紙」から
皇帝遺愛の書、その内容は?
コラムの著者 阿辻 哲次氏(漢字学者)が取り上げた漢字にまつわる逸話は、中国清朝代の「秘宝」である。秘宝の在処は、中国北京の故宮博物院にある書斎「三希堂」に収められているという。
◯北京の故宮博物院にある書斎「三希堂」にある希代の至宝
阿辻氏によると、この書斎は、書画をこよなく愛した清朝の「文人皇帝」乾隆帝が希代の至宝を鑑賞するために作った部屋であるという。希代の至宝である「三希」とは、
- 王羲之の「快雪時晴帖」:「雪が止んでいい天気です。お元気と思います。その件は気になっていますが、なかなか進みません。ではまた」と書き、宛名が「山陰張侯」とある。
- 王献之(王羲之の7男)の「中秋帖」
- 王珣(王羲之の子孫)の「伯遠帖」
であるが、いずれも知人に宛てて書いた手紙にすぎない。この中で「快雪時晴帖」だけは、王羲之唯一の真筆との主張もあり、乾隆帝もそう考えていたようで、至宝となった。
紙が発明される以前は、中国では竹や木を細く削った「竹簡」や「木簡」がよく使われたが、王羲之の活躍した4世紀ではまだ竹簡や木簡がよく利用され紙もかなり普及していた。王羲之は「山陰張侯」に宛てた手紙は紙を使っていたが、文章を書く書式自体は尺牘(板を使った木簡の発展版。手紙の縦が1尺であったために尺牘と呼ばれた)と変わらないものであったため、「王羲之尺牘集」に「快雪時晴帖」に掲載されている。🖌️🧑🏫👦👶🥩🏫💬👩🤝❤️👦👧💰📓🗺️🚢🩺💉🏢⚡️🎓👔⏰🔧💻🖥🖋🌏💡🔎🌍🇹🇷
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