2025.10.18 日本経済新聞の記事「(漢字そぞろ歩き) 四不像流転物語」から
麋(なれしか/おおしか)がたどった数奇な運命
鹿は世界中に分布し、奈良公園のニホンジカの他、エゾシカやトナカイなど多種類が日本国内にもいるが、特に珍しいものに「麋(なれしか/おおしか)」がある。コラムの著者 阿辻 哲次氏(漢字学者)はこの珍しい鹿、麋の流転について語っている。
◯「刀」の起源と進化
阿辻氏によれば、「麋」は中国では「四不像」という呼び名があるという。「像」は「似ている」ことだから「不像」は「似ていない」という意味になる。「麋」は頭はウマに、角はシカに、蹄はウシに、尾はロバに似ているが、全体としてはどれにも似ておらず、それで「四不像」と4つの「似ていない」ものという意味となった。
四不像はパンダや金絲猴(きんしこう)と同じく中国限定の動物とされ、気候変動などが原因で、1900年には中国国内から姿を消したと言われている。しかし、気候変動で四不像が数を減らした後も中国の皇族専用の狩場「南苑」に飼われていたという。そこに1865年、フランス人宣教師が南苑にやってきた。彼は生物学者でもあって、それまで100種以上の新種を発見していた。さらに、禁裏である調査不能な南苑に彼は非常に興味をもって園丁に賄賂をつかませて中の様子を覗き見、「新種のシカ」がいることを確信した。メスの四不像2頭の皮革を大金を支払って買取、フランスに持ち帰った。持ち帰った皮革がパリの自然史博物館に持ち込まれ生物学者の間で大きな話題となった。その後、英国ロンドンの動物園が生きた四不像を中国から買い付け、続いてドイツやフランスも手に入れた。日本でも清国全権公使を務めた榎本武揚の尽力で、1888年に上野動物園に清国から寄贈を受けている。
だが、その国も飼育方法が不明で繁殖には成功しなかった。四不像は繁殖の難しさから一旦は姿を消したものの奇跡的にイギリスの貴族が自分の荘園で個体数を増やし、これを起源として、いつしか故郷の中国にも自然保護区のなかで個体を増やしたという。🦌🧑⚕️👦👶🏫💬👩🤝❤️👦👧💰📓🗺️🚢🩺💉🏢⚡️🎓👔⏰🔧💻🖥📻🖋🌏💡🔎🌍🇯🇵🇨🇳🇬🇧🇫🇷🇩🇪
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