2025.10.14 日本経済新聞の記事「エコノミクストレンド:リベラル後の『自由主義』」から
相容れない市場倫理と統治倫理のリバランスが必要か
コラムの著者 小林慶一郎氏(慶應義塾大学教授)は、在野の都市経済学者ジェイン・ジェイコブズ著の「市場の倫理 統治の倫理」(1992年)を取り上げ、米トランプ政権の介入主義的な経済政策を、自由主義の変容の観点から論じている。
◯自由主義は市場倫理の領域の拡大を目指してきた
小林教授によれば、ジェイコブズ氏の著作は商取引などの市場活動の行動規範と、国家や共同体の統治活動の行動規範とは全く異なることを指摘しているという。
| 市場の倫理 | 統治の倫理 |
|---|---|
| 暴力を締め出せ | 取引を避けよ |
| 自発的に合意せよ | 勇敢であれ |
| 正直たれ | 規律遵守 |
| 他人や外国人とも気やすく協力せよ | 伝統堅持 |
| 競争せよ | 位階尊重 |
| 契約尊重 | 忠実たれ |
| 創意工夫の発揮 | 復讐せよ |
| 新奇・発明を取り入れよ | 目的のためには欺け |
| 効率を高めよ | 余暇を豊かに使え |
| 快適と便利さの向上 | 見栄を張れ |
| 目的のために異説を唱えよ | 気前よく施せ |
| 生産的目的に投資せよ | 排他的であれ |
| 勤勉たれ | 剛毅たれ |
| 節倹たれ | 運命甘受 |
| 楽観せよ | 名誉を尊べ |
商人などの行動規範と、国家や共同体の統治者の行動規範が異なることは、古くはプラトンの「国家」でも論じられている。上表のようにジェイコブズ氏によると、市場の倫理と統治の倫理は、全く異なるだけでなく、2種類の行動規範はお互いに相矛盾するため、統治の倫理を市場活動に適用するなど用途を混合すると、人間の活動に大きな腐敗と機能不全が起こる。
国家や共同体の統治活動においては「取引を避けよ」という行動規範が大原則となる。つまり、規制当局が規制対象の企業と「取引」をして規制に手心を加えれば、それは贈収賄の汚職として糾弾される。統治者は、職務において厳格に「取引」を避けなければならない。
一方、市場の活動では「取引せよ」というのが積極的な行動規範となる。また、市場参加者にとって「正直たれ」という規範は取引を成立させるために絶対的に守るべき重要な原則で、それが破られれば詐欺として糾弾される。ただし統治活動では国益のための嘘は、時に称賛される。
これまでの自由主義は、この市場倫理の領域の拡大を目指し、統治倫理の領域の縮小を当然視しすぎたのではないかと、小林教授は語っている。米トランプ政権や欧州のポピュリズムのブームを経て両者のリバランスが起こるかもしれない。現代の米国で群生する右派的な思想はそうした可能性を示唆しているのではないか。
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